和歌山地方裁判所 昭和28年(ワ)205号 判決 1956年11月28日
主文
被告等は各自原告に対し金十万円及びこれに対する昭和二十八年六月十一日から支払済に至る迄年五分の割合の金員を支払え。
原告その余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告等の負担とする。
この判決は原告において担保として各被告に対し各金三万円を供するときはいずれも仮りに執行することができる。
事実
(省略)
理由
原告が昭和二十六年五月二十五日被告田中又一、同か のと養子縁組又スミ代コト同田中スミヨ(以下単にスミヨと称する)と婚姻の各予約(以下単に本件縁組等の予約と称する)の式を挙げたこと、原告が昭和二十七年七月六日被告等と右各予約の解消をしたこと及び同年同月和歌山家庭裁判所へ被告等を相手方として慰藉料請求の調停の申立に及んだが調停の結果が不調に終つたことは当事者間に争がなく、原告本人尋問の結果によつて成立を認めうる甲第 号証の一、二に、証人池尻又助、同石家武次、同武田長一、同竹中好広、同刀弥清一、同野田口延次(後記措信しない部分を除く)原告本人及び被告田中か の、同田中スミヨ各本人(但し各措信しない部分を除く)の各供述を綜合して考えると、原告が右の如く被告等と縁組等の予約の式を挙げて被告等方で同棲するようになつたが、まだやつと約二ケ月しかたたない同年七月上旬頃胃潰瘍の治療を兼ねて実家に戻り、そこで二ケ月位も休養しているうち、被告等から是非戻つてくれと請はれるままに再び被告等方に帰つたが、同二十七年五月頃またまた実家に帰り、そのまま被告方へは戻らず、同年七月六日になつてとうとう被告等と本件縁組等の予約を解消するに至つたのは、大体次のような事由によるものであることが推認される。
すなわち、被告か のは自分も認めているように口八釜しい性で、また嫉妬深く、何事につけでも他人の気持を汲むようなことはなく自分の勝手のよいことや人の気に障ること、あるいは他人の悪口でさえも、自分で思つたことはその儘言つてしまうような、まれな性格の持主であり、被告又一は温良ではあるが、自主性に欠けるところがあつて、何事も妻か のの言いなりになり、又被告スミヨも温和な性質ではあるが、夫の味方にはならず、すべてにつけて両親の味方になり、夫婦間の寝物語り迄も、その良し悪しに拘らず、悉く母に告げるので、被告か のがそれに気に入らぬと、娘の夫につけつけ言うという有様で、本件以前にも二度ほど訴外竹中好広や同石家武次等と縁組等の予約を結んだが、いずれも数ケ月を出でないで破談となつたのも、第一回目の場合は主として養子の身体的事由によることが認められるから、しばらく除外するとしても、第二回目の訴外石家武次との縁組の場合には、被告スミヨの病気もさることながら、被告等の方にある右のような事情が、同訴外人をして被告方に居たたまれなくしていたことも、その大きな原因となつたことは否めないし、第三回目の候補者として、原告が、訴外池尻又助を通じて被告等から本件縁組等の予約の申込を受けたけれども、被告等が二度も前述の破談を繰返えしているし、又原、被告双方間の家庭財産の状態の差も相当大きいからとのことで、最初のうちは極力これを拒んで来たが、今度こそは決して破談になるようなことはさせないから承諾して欲しいとの五、六回以上にも亘るたつての望みに、原告もこれを信じてとうとう被告等の申立を承諾して同棲するに至つたのであるが、被告等は最初のうちこそ、別にこれという仕打に出なかつたので家庭もしばらくは円満であつたが、時がたつてだんだん馴れてくるにつれて、被告か のはその本来の性格から、何事につけても、原告に対し疑惑の念を持ちはじめ、さては原告の行動を監視するかのような態度に変り、例えば原告が仕事をしているときでも、遠くからその仕事振を見ていたり、又被告方には田畑が一町歩以上もあるので、たいがい朝早くから夜晩くまで仕事をしているのに、同被告はよく他人の例を引いて、いかにも原告の仕事の仕振が手ぬるいように言いふらすし、更にまた原告が近隣の人と交際するについても、意地悪い態度を示し、例えば原告が近所へもらい風呂に行つたりすると、翌日必ずその家へ行つて、原告が何か悪いことを言はなかつたか、又家から何か物を持出さなかつたか、などと聞いて廻る風であるし、又食事については、田舎の百姓のことであるので、普段相当の粗食に甘じているのが普通であるから、被告等がことさら原告に対しその主張のような粗食を強いたり、また差別をしたことなどは認められないけれども、被告か のは、原告の食事の様子を眺めていたり、あるいは宴会などで原告が近所へ召かれて行つた場合など、翌日必ずその家へ行つて、原告がどの位酒を飲んだか、飯を何杯食べたかなどと、やかましく聞きに廻つたりした。その他原告が被告方等と縁組等の継続中に被告等から一枚の衣類をも買つて貰つたこともないし又その間被告等から直接貰つた金員は全部で金五千百八十円位であるが、これから原告の胃潰瘍の治療等を差引くと、小使銭として残るところは僅かに二千円位のものであり、散髪代なども数回貰つたに過ぎない。又煙草も主に私製の葉巻か、家に居るときなどは葉煙草そのままを用いて我慢している有様であつた。かような状態であるのに被告又一や同スミヨは依然として前に述べたと同様な態度に終始し、妻に説いてその態度を改めさせたり又夫をかばつて温い気持で労はつてやるという風ではなかつた。
他方原告は高等小学校卒業後直ちに満洲開拓団に入団し、そのうち同地で現役に入隊し、終戦後内地に引揚げて来て実父の炭焼を手伝つて来たものであるが、被告か のも認めているように、もともと温和で真面目な性格であるところから、被告等に見込まれて、是非被告等のいはゆる婿養子になつて欲しいと再三再四に亘つて懇請せられ、前に述べたような事情で遂にこれを承諾して被告等と同棲するに至つたが、その間被告等から前記のような冷い仕打に出られても別に表だつて反撥するようなこともなく、他人に貰らはれた以上できるだけ辛棒しなければならないと考え、つとめて被告等に同調して来たことが窺はれる。
右のように被告等の家庭内は陰気で、誰も原告に対して温く接してやらなかつたので、原告は被告等と同棲後二ケ月余りで、とうとう神経衰弱にかかり、つゞいて胃潰瘍をわずらうようになつたが、その間に何等の因果関係もないとは、必ずしも断言できないであらう。そこで原告は被告方の右のようなふんいきから逃れてゆつくりと病気を治療したいために、実家に戻つたのである。被告等は原告が胃潰瘍にかかつてから、自分等の食事とは別に、牛乳や卵等のよい食事を原告に与えたことは認められるが、左様なことは普通何処の家庭でもすることで、別に取り立てて言う程のことでもない。そんなことよりも病人というものは家族の温い思いやりをこそ切実に望むもので、原告もこれを切望したが、被告等からこれを得ることは遂にできないので、意を決して実家で療養することにしたのである。それなおに被告等は、実家で静養中の原告を一度も見舞つたことはなく、そのために原告方の親戚の憤激を買つたことも認められるのである。
そこで原告の兄訴外刀弥清一や義兄野田政一等は、これを見るに見かねて、かような状態では原告を引取らしてもらうより仕方がないということで、被告等と交渉したところ、被告又一、同スミヨ及び訴外池尻又助等が原告方に来て、今までのことは悪かつた。今後は気をつけて、被告か のにも悪口を言つたり意地悪いことはさせないようにするから、是非元通り被告方へ帰つて欲しいと申出たので原告はこれを信じ、再び被告等方へ帰つたのであるが、その後、暫くは何事もなく過ぎたものの、被告等はやがてまた元のような態度に出たので、原告はもはやこれ以上どうしても被告方で辛棒することができないように思い、同二十七年五月頃また前の病気が再発したのを機会に、実家に戻つたまま経過するうち、同年七月六日頃住民登録に際し、被告等に対し原告の入籍方を迫つたが、被告等はこれを拒絶した上、今までのことは水に流して別れて欲しいと申出たので、原告はこうなつた以上もはや被告等と離別するより外に仕方がない、と決意し、遂に被告との本件縁組等の予約を解消するに至つたものである。
右認定に反する証人田口延次の供述及び被告各本人等間の結果は信用し難く他にこれを覆えすに足る証拠はない。
以上の事実から判断すると、原被告間の本件縁組等の各予約の解消は、もつぱら被告等に存する右の事情に因るものであることが明かである。さうすると、被告等がこれによつて原告が蒙むつた肉体的精神的の苦痛に対し相当の慰藉料を支払はなければならない責任があるものと認められるが、その額について考えると、以上認定の事実に、前掲証拠によつて認めうる被告等は三度目であるのに引きかえて原告が初めての縁組等の予約をなしたものであること、原被告双方の資産の状況、たとい被告等の承諾の下にではあるにせよ、原告が被告方に同棲するに至つてから、健康なときに、一度ならず二度迄も、三ケ月以上の長期に至つて実家に出向き、父の炭焼の手伝をなし、又前述のようにしばしば病気になつて、その間被告等方で働くことができず、結局、一年二ケ月位に亘る本件縁組等の予約の継続中を通じて、原告が被告等方で働いたのは僅かに数ケ月に過ぎないこと、その間の原告の胃潰瘍の治療費等は大部分被告等方で支払つている事実、更に弁論の全趣旨によつて窺いうる当事者方双の社会的地位等その他諸般の事情を綜合して考えると、被告等が各自原告に対して支払うべき慰藉料の額は金十万円を以つて相当であると思料されるから、原告の本訴請求中各被告に対し同金額及びこれに対する、記録上訴状送達の翌日であることが明かな昭和二十八年六月十一日から支払済に至るまで年五分の割合の金員の支払を求める部分は正当としてこれを認容すべきであるが、その余の部分の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 亀井左取)